信念は、あるか。

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信念は、あるか。


 

京都の猟師さんが書いた、一冊の本。それを友人が贈ってくれるという縁に恵まれ、僕はイノシシの「くくり罠猟」に出会った。季節の営みのひとつとして猟が身近にある生活が始まって、はや6年が経つ。この世界にどっぷりはまった5年目、イノシシ猟を生業のひとつにした。職業猟師という苦しくも心地いい重圧のなか、師匠から受け取った言葉が頭を離れない。いつしか、その言葉をしきりに自分に問うようになった。

 

「そこに、信念はあるか。」

 

特にこの猟期から、この手で殺めるイノシシたちに恥じぬだけのことがしたいと強く思うようになった。自らの手という責任において、可能な限り手を尽くしたいと思うようになった。ときに揺らいでいたものが、ようやく確かなものに近づいてきたのが自分でもわかる。

 

本当は荒々しさと激情を抱いた一匹の雄のくせに、それを隠そうとするかのように。人前では笑顔で穏やかな言葉を紡ごうといまだにしている。蜂追いの時期でもないイノシシ猟の時期に、動物のような野性のぎらつきが見え隠れするようになったことに、真っ先に気づいたのは妻だった。オオスズメバチ以外で、ここまでイノシシという相手に血が滾るとは、僕自身が思っていなかった。そしていつしか、ワナの設置、皮剥ぎや精肉に無駄な力みが少なくなった。

 

まだまだかもしれない。でも、少なくとも僕の大切な人たちに贈りたいと心から思えるだけに、イノシシという良質な肉の価値を落とさないように手を添えられるようになった。かといって、ここに留まるつもりはない。それでも、いまを、今ここに書いておく。

 

 「この肉を、食べたい。」「この肉を、うちのお店で扱いたい。」そう思わせることができるだけの価値が野性のイノシシにはある。それを活かすも殺すも手掛けるこちらの心持ち次第。だからこそ、可能な限り素材の価値を落とさぬよう真剣に自分と勝負してきた。そもそも数に限りのある野性のお肉だ。だからこそ、心が通じる相手と僕は仕事がしたい。

 

 

信念をこの胸に刻んでやっていることだから、言葉で飾らなくても見た目で通じる部分があるという直感を信じたい。そのために少しずつ写真を撮り溜めてきた。やってみて違うようなら、また考えて行動するだけだ。これまでも、ひたすらそれを体現してきたのだから。

 

山で一人、イノシシの足跡という痕跡を頼りに、感覚を研ぎ澄まして想像する。これはいいイノシシだな。どこからこのヌタ場にきて、どこに向かっているんだろう。DSC_2051

 

ひたすら歩いて、これぞというけもの道を見切る。あの倒木を跨いで、あそこに足を置いている。DSC_2034

 

くくり罠の設置場所を決めたら、細心の注意を払ってひとつのワナを仕掛ける。見た目とニオイという要因で悟られないように、妥協や手抜きをどれだけせずに掛けられるか。守るべきことを守れば、師匠から受け継いで磨いてきた技能は、嗅覚が鋭敏なイノシシの警戒心という本能に匹敵する。穴掘りひとつでも、現場を荒らさぬようにと思うと、真冬の寒空の下でも額に汗が滲み出る。その汗がワナの真上に垂れた瞬間、ショックで茫然としたこともある。DSC_2018

 

これは、設置して三日目の写真。一雨きたら、どこに掛けたかなんて分からないほどになる。それでも場所決めには根拠があるから、どこにくくり罠があるか僕にはくっきりと浮き出てみえる。写真を撮って2日後、実際にここでイノシシが掛かった。DSC_2094

 

日々の日課は、朝の山に見回りにいくこと。動向を読みながら猟場を周ると、イノシシがじっとこちらを見ていた。DSC_4028

 

とんでもなく生育状態が良く、腹が丸みを帯びるほど脂が乗った個体もいる。DSC_2082

 

仕留めに銃は使っていない。頭部への打撃で倒れた瞬間に血を抜く。DSC_7795

 

内臓を出すために腹部にナイフを入れると、まとった毛皮の下に真冬を乗り越えるために蓄えられた真っ白な脂が見えてくる。DSC_3988

 

皮はぎ。今期は自分で獲った27頭と、相棒の手伝いで4頭、合計31頭をはいだ。良質な脂を、いかに皮に残さずにはげるかは、この手先の感覚だけが頼り。刃物を光らせるのではでなく、切れるように研げるようになったことも大きい。dsc_1633

 

接写だと、体表の脂の色艶がわかる。dsc_1714

 

部位ごとに、骨を外していく。これは、アバラの骨を外す途中。DSC_2015

 

骨抜きが完了したバラ肉。dsc_7959

 

同じくバラ肉を、横から。三枚肉ともいう。dsc_1660

 

皮をはいだだけなら、左側のように毛根が残る。それをギリギリのところで削いでいったのが、右側。手間がかろうと、納得のできる仕事がしたい。DSC_2144

 

見た目を維持するために削いだ脂は、自家用に使えるから無駄にはならない。DSC_1901

 

ロースを横から。DSC_1859

 

バラは特に難しいけど、やっただけのことは形になって見える。この一頭から、自分の手の感覚が信じられるようになった。dsc_1556

 

スライス。

色合いを伝えたくて、自然光で。DSC_1761

 

室内で写して伝えられないことが悔しいほどに、眼前のイノシシは輝いて見える。

 

もちろん個体差があるから、すべてがこうではない。それに、この域に至るまでには迷い惑う気持ちもあった。それでも、良き師匠に恵まれ、自身でも一頭ごとに滾る情熱を注いできたからここまで来れたという自負がある。

 

信念を持って生業に向き合うひとりのつくり手として、自分が手掛けた野性のイノシシ肉をこれから僕は届けて行きたい。